news...
bolt is out of my knee !

長かったこの膝との格闘もやっと終了しました。今回は事細かに話そうと思います。
2006年03月、東京/新宿にある4段3段のダブルセットでFESNの森田貴宏氏と神戸のDJ, JMY THE WHEEL氏と
当時FESNが製作していたDVD、UNDERGROUND BROADCASTINGの撮影を行ってました。
その撮影の1週間前、東京/池袋にあるスロープバンクからバー越えのOLLIEをメイクして調子にのっていた自分は、
その新宿のステアーでSWITCH F/S POPをトライしていました。
この場所でこのトリックには思い出深いものがありまして、
もう何年前になるか解りませんが、FESN/SUBWAYの撮影でメイクできなかったトリックでもあり、宿命でした。
何回かおしいトライもあり、なんとか1回手をついてメイクできました。
しかし何年にも渡ってのリベンジだったこともあり、映像の確認もせずちゃんとしたのをやろうとまたトライを始めていました。
その後3回目位だったと思いますが、着地の瞬間一瞬板を見失い前足の1本足で着地してしまいTHE ENDです。
全ての体重が膝にかかり、曲がってはいけない内側方向に曲がってしまいました。
直後は地面にイモムシの様に這いつくばり、激痛でどうしようもない状態で、
すぐに森田氏に病院へ連れて行ってもらい、応急処置をされ帰宅しました。
その後病院で精密検査を行い、前十字靭帯と半月板損傷と診断されました。
もう一度スケートをする為には手術以外の手段はなく、2006年09月に手術を決行しました。
全身麻酔で4時間にもわたる手術後は悲惨なもので、病室に1週間も寝たきりで、
管だらけでその後立つのもままならない状態が続き車椅子での生活でした。
3週間半後、松葉杖でやっと歩行ができるようになり退院できました。
当初は歩くのもままならい状態でリハビリに通いながら生活していましたが、
少しづつ通常の生活ができるようになっていきました。
始めは半分あきらめていたスケボーもソフトウィールで開始し、プッシュからのまさにゼロからのスタートで、
できることを1つづつ喜びに感じながらあれから約2年かかりましたが、
つい最近やっと違和感なくスケートができるようになりました。
そして今回ボルトを抜く手術が無事終了し、これからまた少ししたら以前のようにスケートができることを
自分自身でも楽しみに感じている今日このごろです。
これから先、スケーターとして、カメラマンとして、グラフィックデザイナーとして、人間として、
また皆さんにお目にかかれるようにがんばっていきますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
2008.04.23. 小原 祐一